炎のランナー
【ブログ掲載: 2013年9月22日】
▼2週間前のことになるが、9月8日(日)の朝8時少し前に目覚め、寝室のTVをつけると、オリンピック開催都市の決定場面をやっていた。
開票の結果、イスタンブールになったと伝える画面がまず出たので、ああ、東京は負けたのだな、と思って見ていると、次にIOC会長がカードを見せながら「トーキョー」と告げる場面になった。日本人の関係者が飛び上がって喜ぶ姿が映し出され、東京に決まったのは確からしいと思った。チャンネルを変えてみたが、どのチャンネルも2020年オリンピックの東京開催決定の話題一色だった。
日本人の多くがオリンピック招致を切望していたかといえば、それほど熱をあげていたとはいえないだろうし、その実現性についても、半信半疑だったのではないか。とくに決定日間際になって福島原発の汚染水問題が騒がれ出してからは、暗い予感が強まっていたように思う。それだけに東京招致の決定は、劇的な興奮をすこし高めたと言える。
筆者は個人的には、オリンピックについての関心は薄い。
オリンピック関連の浮ついたニュースや、「おもてなし」の呼びかけがこれから増えるのかと思うとなんとも鬱陶しく、開催期間中はできれば外国にでも避難したいという気分だが、それでも日本での開催決定は、正直、良かったと思った。日本の社会にとって「希望」の必要性は、いつの時代にもまして、いま切実だと感じるからだ。
▼オリンピックの東京開催が決まる数日前、立ち寄った地元市の図書館でDVD『炎のランナー』を偶然借りた。これがオリンピックに関する映画とはまったく知らずに借り出したのだが、1924年のパリ・オリンピックに出場したイギリスの若者たちを描く、清々しい映画だった。実話の映画化だという。(監督:ヒュー・ハドスン 1982年公開)
1978年の教会での葬儀の場面から、映画は始まる。老人が会衆の前で、亡くなった友人ハロルド・エイブラハムズについて語る。1919年に自分たちはケンブリッジ大学に入り、陸上競技部のアスリートとしてともに競い合った。あの頃、自分たちの胸には希望があり、かかとには翼があった………。
画面は1919年のケンブリッジ大学に替わる。この年に入学した新入生の中に、陸上競技に秀でた学生が多くいたが、なかでもハロルド・エイブラハムズは短距離競走に意欲を燃やしていた。彼は経済的には恵まれたシティの金融業者の息子だが、ユダヤ系であることの劣等感につきまとわれ、走ることによってこれを克服しようと考えていた。
映画のもう一人の主人公は、エリック・リデルという名のスコットランドの青年宣教師である。彼は宣教師である父親のもと、中国で育ち、スコットランドに一時帰郷しているのだが、ラグビーの名選手として名を馳せ、また短距離走者としても有名だった。スコットランドの美しい自然の中で、リデルが走り、また聴衆に神の福音を説く姿が映し出される。
スコットランドとフランスの対抗陸上競技大会があり、エイブラハムズが観客席から見ている前で、リデルは100メートル競走に優勝する。その走りを見て、エイブラハムズは衝撃を受ける。大会の観客の中に、プロのコーチであるサム・ムサビーニの姿を見たエイブラハムズは、自分のコーチをしてほしいと頼む。ムサビーニは、君の走りを見て、もし見込みがあるなら、その時はこちらから頼む、と答える。
全英の陸上競技大会の100メートル競走で、エイブラハムズはリデルに敗れる。落胆し自信を失ったエイブラハムズは、恋人のシビルに、勝てないなら走るのは嫌だ、と言う。
―――勝てないのなら、走らない………
―――走らなければ、勝てるはずないわ。
―――どうしたらいいんだろう………。
―――大人になって………。
レースを見ていたムサビーニが、コーチをしよう、と申し出る。
▼ケンブリッジ大学の学寮長がエイブラハムズを呼び出し、プロのコーチについていることを非難する。「本校はアマチュア精神を大切にしている。選手にもそれが求められる。君のやり方はいささか品位に欠ける。君はエリートだということを忘れないように。」
エイブラハムズは昂然と反論する。「僕と同じように勝利を願っているのに、努力を否定する。それは卑怯です。僕は最高のものを求める。そして勝つ。」
1924年に第8回のオリンピック・パリ大会が開かれ、エリック・リデルもケンブリッジの陸上競技部の若者たちも代表選手に選ばれ、ドーバー海峡を渡る。しかし100メートル競走の予選が日曜日にあることを知ったリデルは、神の定めた安息日には走れない、と団長に申し出る。
大会が進行し、100メートル競走の日が近づいてきた夜、英国選手団の団長や幹部はリデルを翻意させようと説得する。しかしリデルは、自分は祖国を愛しているが出場することはできない、と拒否する。そこにケンブリッジの学生の一人が部屋に入ってきて、一つ提案をしたい、と言う。自分はすでに障害物競技でメダルを取ったので、400メートル競走に出る権利をリデルに譲りたい―――。
400メートル競走は日曜日にはないから、リデルは出場できるという名案を、リデルを含め一同は喜んで受け入れた。
エイブラハムズは出場した200m競争に惨敗し、100メートル競走の予選でも思うような走りができなかった。しかし決勝レースでは、優勝候補のアメリカ選手二人を下して見事1位になった。
プロのコーチであるため競技会場に入れなかったムサビーニは、会場近くのホテルの部屋の窓から、歓声があがり英国国歌が流れ、英国国旗が上がるのを見る。彼はひとり喜びをかみしめる。
その夜、エイブラハムズは仲間たちが祝杯をあげる場から抜け出して、ムサビーニと二人、カフェで酒を飲む。「30年間待っていた。世界がどうなろうと構わない。われわれには今日がある!」と酔って叫ぶムサビーニの横で、エイブラハムズは黙って店の閉まるまで酒を飲んだ。
400m競争では、リデルが優勝した。
はじめの教会の葬儀の場面に戻り、映画は終わり、最後に主人公たちのその後の消息が字幕で知らされる。ハロルド・エイブラハムズはシビルと結婚し、英国陸上競技界の長老となって亡くなったこと、そしてエリック・リデルは占領下の中国で宣教師として活動し、第二次大戦末期に亡くなったこと。すべてのスコットランド人が彼の死を悼んだという。
▼観終わったあとの清々しい印象は、何に由るのかと考えてみると、結局、映画が若さや若者のひたむきさへのオマージュを、てらいなく表現していることに行きつくように思った。
「時代」はけっして若くはなかった。英国にとって第1次世界大戦とその後の戦間期は、苦く、困難な衰退の時代である。映画にもその一部が反映されていたが、街には戦傷者の姿が見られ、ケンブリッジ大学でも多くの卒業生が進んで戦地に赴き、多くの死者を出した。
しかしそのような時代にあっても、若者の若さやひたむきさは輝きを失うことはない。
2020年の東京オリンピックがどのような時代の象徴となるのか、分からないが、若者たち個人の挑戦、努力、挫折、立ち直りのドラマに提供される舞台となるなら、頭から鬱陶しいと片付けるべきではないかもしれない。
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