憲法改正問題について
                 【ブログ掲載:2017年6月16日、23日】

 

▼安倍晋三が5月3日に、「憲法改正」を行い2020年には施行するという方針を明確にした。
 その日改憲派の団体が開催した集会に安倍はビデオ・メッセージを送り、そのなかで改憲の方針を具体的に語り、また同日の「読売新聞」一面に載ったインタビュー記事のなかでも、考えを詳しく述べたのである。「憲法改正」の内容は、憲法9条の規定はそのまま残し、自衛隊の存在を明記する規定を加えることと、「高等教育の無償化」の規定を加えること、の2点であった。

 安倍はこれまで「憲法改正」の意欲を持ちながらも、表看板には経済政策(アベノミクス)を掲げ、その一応の成果によって比較的高い支持率を維持してきた。また、国会の「憲法審査会」での審議に、表だって注文を付けるようなことも控えてきた。
 しかし今回の安倍の発言は、国会の「憲法審査会」の審議を飛び越えるもので、内容的にも自民党内で2012年にとりまとめた改憲草案と無縁である。「憲法審査会」の審議の結果を待つ、といった悠長なことはしていられない、という安倍の焦慮が伝わってくる。
 憲法9条1項・2項は変えずに自衛隊を明記するという「加憲」は、公明党への配慮であり、「高等教育の無償化」の規定を加えることは日本維新の会への配慮であることは、政治の素人にもわかる。両党の協力を得て確実に「憲法改正」を実現するために、慎重に球を選び、期限を明示し、投げたのだ。
 衆参両院の「改憲勢力」の議席数と自分の任期をにらんで、安倍晋三は腹をくくったということなのだろう。

 

▼日本の憲法改正論議の奇妙なのは、現実の切実な必要性に突き動かされて、条文改正の議論が行われているわけではない、というところにある。今回の安倍の提案も同様である。
 現実の必要性としての「自衛隊の認知」は、「陸海空軍その他の戦力は保持しない」(9条2項)と明記した憲法のもとでも、条文の「解釈」によってすでに行われている。また、「集団的自衛権の行使」についても憲法改正を待たず、「解釈変更」によって可能としたばかりである。だから、それらの「解釈」や「解釈変更」が違憲だという立場に立つのなら別だが、そうでないかぎり、条文改正の現実の必要性は論理的に出てこない。
 自衛隊を「解釈」によって認知するのではなく、堂々と明文で認知したいというなら、9条2項もあわせて改正するべきであり、姑息な、というより誤魔化しを永続化するような措置は、とるべきではない。

 「高等教育の無償化」のために憲法を改正するというのもまた、なんとも面妖な主張である。憲法の条文は「義務教育は無償とする」(262項)ことは定めているが、「高等教育の無償化」を禁じているわけではない。高等教育を無償とすることが望ましいと考え、政策として実施することに、憲法上の制約はなにもないのである。
 ただ政策として実施するのに、制約がないわけではない。自民党がかって民主党の「高校授業料免除」の政策を、「理念なき選挙目当てのバラマキ政策、過度の平等主義」と非難していた事実について頬かむりしたとしても、発生する巨額の財政負担をどうするのかという問題を、無視するわけにはいかない。また、高等教育を受ける者と受けない者との平等をどう考えるか、という問題も出てくるだろう。
 要するに、安倍晋三がどこまで深く考えて方針を決めたのか分からないが、突っ込みどころ満載で、説得力のある提案とはとても言えないのだ。

 

▼なぜこのような、非論理的で説得力のない憲法改正案が提案されるのか。その理由はただひとつ、安倍にとって大事なのは提案した改正案の中身ではなく、「ついに憲法改正を実現した」という改正それ自体にあるからなのだろう。
 なぜそれほど「憲法改正」が大事なのか。なぜそれほど「憲法改正」にこだわるのか。安倍とそのイデオロギー上の支援者たちの強調するところによれば、現在の憲法は占領軍によって押し付けられたものであるからだ。彼らの思考法によれば、日本人が誇りを取り戻すためには「戦後レジームから脱却」することが必要であり、「戦後レジーム」を体現しているものこそ「日本国憲法」であるから、「憲法改正」はクリティカルな手段であるとともに仲間を糾合する格好の目標でもある。

 安倍は、自民党は結党以来、憲法改正を使命として掲げてきた、と言う。たしかに昭和3011月の自民党結党の際の文書「党の使命」には、その6番目に、「現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し」という文言が見える。しかし、そのことをもって自分の「憲法改正」を正当化するとすれば、それは違うと言わなければならない。 
 結党時の自民党が「現行憲法の自主的改正」を掲げたとき、日本は昭和27年の主権回復からまだ3年余の時間しか経過していなかった。それは厳しい東西対立のなか、将来的に米軍が撤退することも視野に、日本の独立体制を維持するためには、自前の軍隊を持てるように憲法を改正しなければならない、という焦眉の具体的必要性を持った主張だったのである。

 一方現在、昭和30年当時とはすっかり様変わりした状況のなかで、「憲法改正」を言うことは何を意味するのか。そのことは、日本国憲法施行の70年間をどう考えるのか、という問題でもある。
 日本国憲法は、たしかに占領軍(米国)によって押し付けられた。しかしその後の70年間、この憲法の下で日本人は平穏に生活を営み、政治・経済活動を行ってきたのであり、その事実はこの憲法が、日本人によって「承認された」ということを意味する。いやしくも「保守」を名乗る人間なら、現憲法下70年の時間の堆積は重いのであり、それを軽視することはできない。70年の時間を無視し、憲法が「押し付けられた」側面だけを言い立てるのは、「保守」を名乗る者の取るべき態度ではない。
 もちろん変えるべき必要が生じた規定を、国民の理解と納得の上に改めることは、望ましいことである。しかし先に見たように、安倍の提案には現実の差し迫った必要性は何もなく、「憲法改正」が自己目的化しており、まともに考えるに値しない。 

 今回の安倍提案について、石破茂元防衛相がインタビューで、次のように発言している。(「朝日新聞」6月7日)
 「(9条1項と2項を残したうえで自衛隊の存在を明記することについて)どう付け加えるのか分からないから、論評しようがない。(仮に3項に入れるとして)2項と3項がまったく違う。一種のトリッキーな、少なくとも真摯な立法姿勢とは思えない。」
 「(国会発議できる勢力の)3分の2からまず入るってやり方は、私の趣味じゃない。」
 「国民の歓心を買うような迎合的なテーマで選挙に臨み、セットで9条改正を問うなんて、私は耐えられないほどイヤですね。」

 きわめて真っ当な発言だが、自民党内で表立って賛同する動きはないらしい。

 

(つづく)

▼新聞報道によれば、安倍晋三の唐突な憲法改正の提案について、自民党内では表立っての異論は少なく、その提案を軸に党としての改憲案の検討が進められていくらしい。それは「安倍一強」体制で、自民党内が「もの言えばくちびる寒し」の状態にあるからなのか、それとも自民党員の「右傾化」が進み、議員の多くが安倍と同じ思いで「憲法改正」に勇み立っているからなのか。
 いずれにしても、本来活発な議論があるべき状況で率直な議論が行われず、議員たちの関心が政権中枢の意向の「忖度」と忠誠心の競争に終始するとしたら、国家にとってこれほど悲劇的なことはない。

 

▼筆者の理解するところでは、「安倍一強」の政治は1990年代の「政治改革」の産物である。
 「政治改革」の必要性は「リクルート事件」(1989年)のあと盛んに叫ばれたが、それが日本の政治制度の問題として危機感を持って議論されたのは、イラク・フセイン政権のクウェート侵略に始まる「湾岸危機」(1990年~1991年)の時期である。国際平和に対する日本の貢献はどうあるべきか、自衛隊を中東に派遣するべきかどうか、という議論が当時真剣に行われた。
 本来、政治には先見性や決定力が求められる。国家や社会の課題をいち早く指し示し、解決に向けて方策を論議し、国民の意思を集約する機能が求められるのに、日本の政治制度は「制度疲労」を起こし、重要な問題を解決する力を失っている。―――
 その原因は、選挙制度に「中選挙区制」を採用しているところにある、という主張が多く聞かれた。「中選挙区制」のもとでは、同じ政党の議員同士の競合も起きるから、選挙は政党が政策を競い合う場とならない。また、当選するために投票の過半数を得る必要は必ずしもないから、政権交代の意欲のない政党も容易に生き残りうる。
 近代的な選挙は、明確な政策を掲げた政党同士の政権をかけた競い合いであるべきで、そのためには「小選挙区制」が望ましい、という世論が高まり、「政治改革」の金看板を掲げた「選挙制度改革」が、1994年に成立した。 

小選挙区制のもとで、候補者選定の権限を持つ党総裁(=首相)の権力は増大し、派閥の力は衰退した。さらに政治資金規正法の改正により、派閥は企業・団体の献金を受けることができなくなり、資金は党に集中するようになった。
 また、「内閣人事局」の設置(2014年)により官僚幹部の人事権を官邸が握ることになり、それが「政治主導」と言えるかどうかはともかく、「政高官低」の傾向は決定的となった。
 要するに「安倍一強」政治は、一連の「政治改革」の正統なる成果なのであり、「改革」の歴史を踏まえない「批判」は、安倍にとって心外でありまた滑稽であるだろう。
 だがその結果、政治家が政権中枢に睨まれるのを恐れて闊達に議論しなくなるとか、官僚たちが官邸の覚えを良くするために行政のスジを曲げるようになるなどと、かって「政治改革」を主張した者のだれが予想しただろうか。

 

▼自民党の「右傾化」については、次のような実証的研究がある。(「自民党の右傾化」中北浩爾 『徹底検証 日本の右傾化』2017年 筑摩書房 所収)。研究の結論を摘記すると、次のようなものである。 

・憲法改正に関する方針の変化を見ると、2000年代以降自民党がナショナリズムを強調するという意味で、右寄りに変化したことは確かである。
・しかし世論が右寄りに変化したので、得票最大化のために自民党が右傾化した、と見ることはできない。
・自民党の支持基盤である「日本会議」の影響力が増して、右傾化したという見方も正しくない。「日本会議」の組織の支柱となっている神社本庁などの宗教団体の信者数は減少しており、集金力、集票力ともに低下しているからだ。
・自民党の「右傾化」は、民主党と競い合う中で、民主党との差別化を図るために起こったと考えるのが正しい。政党は得票最大化を目指すだけでなく、自らの存在根拠を示し、支持者の結束を固めなければ存続できないからだ。
・「右傾化」をもたらした副次的原因としては、自民党内右派の理念グループの台頭が考えられる。
・もともと自民党は右派的理念が幅を利かす政党だが、かってはそれを抑えるメカニズムが働いていた。議員同士が選挙、資金、ポストなどの利益によってつながる「派閥」が、それだった。 

 中北は結論的に、次のように言う。
 「自民党の右傾化の原因は、世論や支持基盤の変化ではなく、政策的に左に位置する民主党の台頭であり、副次的には派閥の衰退という政党組織の変化である。」

  

▼最近、次のような新聞記事を見た。小池都知事の「特別秘書」についての記事である。(「朝日新聞」520日夕刊)
 野田というその秘書(43歳)は、旧保守党の衆院議員だった小池百合子の秘書を務め、その後東村山市議を経て2009年に自民党公認で都議会議員に当選した。しかし12年に自民党を離れ、当時の石原都知事が尖閣諸島の購入計画を表明するとそれに賛同し、6月に保守系団体の実施した尖閣諸島の洋上視察に加わった。
 また、「日本国憲法は無効で大日本帝国憲法が現存する」という「請願」が、都議会に提出されるように紹介議員となった。「請願」は1210月の都議会の審査にかけられ、自民党から共産党までの反対で不採択となったが、野田を含む東京維新の会の3名ともう一人の、計4名が採択に賛成した。
 1212月の総選挙に日本維新の会から立候補し、落選。
 168月、小池都知事誕生とともに「特別秘書」となり、「都民ファーストの会」がつくられると、小池百合子がその代表に就くまで代表を務めていた。 

 筆者は新聞記事でその請願のことを初めて知り、ネットで調べてみて驚いた。「請願」は「國體護持塾」塾長という肩書の人物が、5千人ほどの賛成署名を集めて提出したものだが、請願理由に次のようなことが書かれている。
 《我々臣民としては、国民主権といふ傲慢な思想を直ちに放棄して、速やかに占領典範と占領憲法の無効確認を行って正統典範と正統憲法の現存確認をして原状回復を成し遂げる必要があります。》
 また、「請願」が議会審査に付される少し前には、「占領憲法と占領典範の無効確認を東京都議会に求める請願集会」が、都議会の会議室で開かれた。150名収容の会場は満席で、皇居遥拝、君が代斉唱で始まり、自民党参議院議員の西田某などが応援に駆け付け、気勢を上げたらしい。

 いつの時代にも奇怪な主張や突飛な行動をする人間はいるし、それは個人の趣味の範疇に属することである。しかし都議会議員や国会議員という「選良」が、奇怪な主張に賛成したり応援したりすることが許されるわけではない。
 日本の社会は「右傾化」していないという研究結果は、正しいかもしれない。しかし比較的若い層のなかに、ナショナリスティックな極端な主張をして粋がる傾向が少数ながら生じており、そうした活動が少しずつ市民権を得ていく動きには注意を払う必要があるだろう。中北浩爾が、自民党内右派の「理念グループの台頭」と言っている現象も、そのことと無縁ではないはずだ。

 

▼最後に「憲法改正」についての筆者の考えを、簡単にメモしておこう。
 安倍晋三のゴマカシの提案は論外だが、憲法条文の理性的検討を頭から拒否する「護憲原理主義」も、問題外である。
 自衛隊の存在をありがたく享受しつつ、国際政治における軍事力の意味には目をつぶり、憲法について考えない、といった欺瞞にも別れるときであろう。
「平和を守る」ために、「自衛隊」や「同盟」や「国連との関係」はどうあるべきか、それを憲法条文にどのように表現するべきか、―――多少なりとも時間のあるうちに、国民的な活発な議論が行われることが望ましいと考えている。

 (終)

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