万引き家族
                     【ブログ掲載:2018年6月22日】

 

▼ 梅雨と病院通いの合間に、映画「万引き家族」(監督:是枝裕和)を観に行った。筆者の感想の前に、まずそのあらすじを述べておこう。 

 2月の寒い夜、柴田治(リリー・フランキー)は子供の翔太と一緒にスーパーで「万引き」の仕事をする。大人と子供が連携し、店員の目を盗んでごっそり盗み取る彼らの手口は、「仕事をする」という表現がふさわしい。
 帰宅の途中、親子はコロッケを買い、団地の側を通りかかると、1階の廊下に45歳の少女が一人でいるのを見る。部屋から閉め出されたらしく、これまでも見かけたことがあったが、寒さに震えているのを見かねて家に連れてくる。家は老朽化した木造家屋で、老婆・初枝(樹木希林)、治の妻・信代(安藤サクラ)、信代の妹・亜紀(松岡茉優)が暮らしており、うどんを食べていた。信代は少女を見て言う。「どうせならもっと金の匂いのするもの拾ってきなよ」。
  初枝は少女にコロッケを食べさせながら、その身体中にあざがあることに気づく。信代は治に、「それ食べさせたら帰しておいでよね」と言う。
 治と信代が少女を背負って団地の少女のいた部屋のあたりまで行くと、男女の言い争う声が聞こえ、ガラスの割れる音がした。男の怒鳴り声に続いて、「私だって生みたくて生んだんじゃないわよ」という女の叫び声が聞こえ、治と信代は顔を見合わせ、また少女を家に連れて帰ることにする。 

 治は日雇い仕事で建築現場に行くが、労働意欲は薄く、足に怪我をして家に帰ってくる。信代はクリーニング店で働いている。
 信代の妹の亜紀は、JK見学店で仕事をしている。女子高校生の格好をしてマジックミラー越しに客に自慰行為を見せる。客が望めば別室で、膝枕や耳かき、添い寝などのサービスをするらしい。
 翔太は学校に通っていない。ゆりと名のった少女をつれて川沿いの道を歩いていると、ランドセルを背負った小学生とすれ違った。「学校は家で勉強できない奴が行くんだ」と、翔太は治から聞いた理屈をゆりに言った。
 映画が進行するうちに、翔太は治や信代の子でないこと、治や信代は初枝の子どもではないこと、信代と亜紀の関係も姉妹ではないこと、などがしだいに明らかになってくる。 

▼TVにゆりが映っている、と翔太が言った。治や信代が観ると、警察は保育園に2月から来なくなった少女の両親を呼んで事情を聴いている、日ごろから虐待していた疑いもあるとTVは報じ、スタジオでは、なぜ両親は2か月のあいだ捜索願いを出さなかったのかを話題にしていた。
 治は事の重大さに気づき、今から返せないだろうかと慌てだしたが、初枝は「今ごろ気づいたの?」と冷ややかに言い、「ずっと置いとくなら名前変えた方がいいよ」と言った。信代はゆりに、「ここにいたいんでしょ?」と聞き、はっきりうなずくのを見て「りん」という名前を与え、髪を短く切ってやった。それから信代は初枝や子どもたちと、連れ立って買い物に出かけた。おおっぴらにした方が、かえって怪しまれないというのが、初枝の考えだった。

 留守番に回った治に、亜紀が聞いた。「ねえ、いつしてるの、信代さんと」。治は質問の意味がのみこめると、「いいんだよ、俺たち、ここでつながってるからよ」と、胸を指した。「うそくさ」
「じゃあ何でつながってると思ってんだよ」
「お金。普通は」
「俺たち普通じゃねえからな」
治の顔にも亜紀の顔にも微笑が浮かんでいた。

  夏になり、翔太はりんを連れて「やまとや」に行き、店主の爺さんの視線を遮るように立って、りんに合図を送った。りんはスーパーボールを一つ取り、表に出た。翔太も店を出ようとした時、「やまとや」の店主が、「おい」と声をかけた。爺さんはゆっくりと土間に降り、アイスキャンデーを2本翔太に突き出し、「これやる」と言った。「そのかわり……妹にはさせるなよ」。 

 信代は、不況だからと店主から解雇された。家でそうめんを茹で、治と食べているうちに夏のスコールが始まった。子どもたちは家にはいなかった。信代はそうめんを呑み込むと、身を乗り出して治にキスをし、そのまま押し倒した。
 久々の情交が首尾よく終わり、治の顔から笑みがこぼれた。「何かっこつけてんのよ」と、信代は言った。 

 ある夏の一日、一家は海水浴に行った。

 

▼ある朝起きてみると、初枝は眠るように亡くなっていた。葬式どうしようと慌てる治に、信代は、「お金ないわよ、そんな」と言った。結局、床の下を掘り、初枝の遺体を埋めることにした。「ばあちゃんは初めからいなかった。俺たちは5人家族だ」と、治は子どもたちに言った。 

 翔太がりんを連れて「やまとや」の前に来ると、店は閉まり「忌中」の張り紙があった。が、翔太にはそれが読めず、その意味も分からなかった。ふたりはそれからスーパーに行き、翔太は「仕事」をするから外で待っているようにと、りんに言った。しかし翔太が物色している間にりんが店内に入ってきて、お菓子をポケットに入れようとした。翔太は店員の注意を引くため、缶詰をわざと床に撒き散らし、ミカンの袋詰めを持って外に飛び出した。店員がそれを追いかけた。二人の店員に挟み撃ちにされ、翔太は横の塀を乗り越えて下に飛び降り、脚の骨を折って捕まった。 

 担当した警察官は若い男と女だった。治と信代はりんの誘拐容疑で逮捕され、また初枝の遺体も掘り出された。TVレポーターが、「家族に成りすましていた人たちは何を目的にこの家に集まっていたのかは、いまだ謎に包まれたままの状況です」と叫んでいた。
 事件は治と信代の事前の打ち合わせ通り、信代が罪を引き受ける形で終った。翔太は施設に入れられ、そこから学校に通うようになった。
 「じゅり」の名前に戻されたりんは、鏡台の前の母親に翔太からもらった宝物を見せに行き、「ママ、今忙しいんだから」と拒絶された。母親は夫に殴られたあざを、化粧で隠そうとしていた。りんは信代たちの家で信代の身体の傷にさわったように、そっと母親のあざにさわってみた。しかし母親は、そこに触らないでと言ってるでしょ、と娘をにらみつけた。「ごめんなさいは?」。しかし娘は以前と違い、「ごめんなさい」を拒絶した。―――

 

▼この映画を観て印象に残る一つは、柴田治という人間像の秀逸さである。生活への自信も責任意識もなく、今日が楽しければそれでよいという、身体は大人だが精神的には未熟な子どものままの人間像を、リリー・フランキーが見事に演じている。
 また信代という生活力のある、しかし傷ついた過去をもつ複雑な女の役を、安藤サクラが熱演している。初枝が信代に、治のどこがいいのよと聞くと、暴力を振るわないところ、と信代が答える場面があるが、生活力の無い頼りにならない男でも、暴力を振るう男に比べればよほどマシだという信代の言葉は、彼女の過去の体験の凄絶さを暗示する。
 樹木希林が、ずるさと図太さ、幼児の世話を焼く愛情深さといったものが混然とした初枝の役を、味のある、なんとも形容しがたいいつもの演技で演じているのも光る。
 是枝監督の子どもの使い方はいつも見事だが、今回の翔太とりんの役を演じた子供たちもわざとらしさがなく、好感が持てる。

 この映画には、現代日本社会の病理現象というべきDVや児童虐待、未就学児童問題、万引き、JKビジネス、年金欲しさに老人の死亡を隠していた事件等々、「家族」の問題がてんこ盛りである。
 『三度目の殺人』の感想を述べた際にも書いたことだが、是枝監督はこの「てんこ盛り」を、もう少し刈り込んだ方が良かったのではないだろうか。『そして父になる』の力強い印象は、テーマを絞り込んだところから来ているように思う。
 もう一つ違和感をおぼえたのは、翔太の骨折をきっかけに問題が露見し、治と信代が逮捕されるのだが、取り調べの担当が若い男女の警察官であり、その態度がやけに丁寧で関係者に理解がありそうなことだった。社会の無理解を体現する伝統的なタイプの警察官を登場させた方が、良かったように思う。

  「家族」とは、普通におしゃべりし、泣いたり怒ったり、ともに喜んだり悲しんだりする自然な関係であったはずである。普通に助け合い、世話をしあい、個人を束縛するものでありながら親身になって心配もしてくれる、悩みや葛藤を共有する自然な関係。しかしそういう自然な普通の関係が血のつながった「家族」から失われ、かえって血のつながらない「家族になりすました人たち」のあいだに、「家族」らしい関係が自然に生まれていた。
 初枝の家に暮らした「家族になりすました人たち」は、世の中の「家族」以上に「家族」だったというのが、この映画のメッセージといえばいえるだろう。

映画の完成度としては多少難があるものの、観る価値の高い映画である。

 

(おわり)


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