みずほ銀行
                     【ブログ掲載:2011年4月8日】


▼わが家のチャイムが鳴ったのでドアを開けると、玄関口にリクルートスーツを着た若者が立っていて、みずほ銀行の行員だと名乗った。
 「……このたびはシステム障害で多大なご迷惑をおかけし……」と言うので、あなたが謝ることはないよ、と答えた。 
 「いえ、会社としてご迷惑をおかけしたのですから……」とさらに言葉を続けるので、名刺とポケットティッシュを受け取り、ご苦労さま、と言って引き取ってもらった。
  お詫びを言われて悪い気のする者はいない。銀行とすれば、イメージ改善の効果を期待し、あわせて新人研修の効果も計算に入れているのだろう。いちおう辻褄は合っているのだが、なんだか合い過ぎているような気もして、少し落ち着かない気分になった。

 みずほ銀行は9年前の合併時にも、大規模なシステム障害を起こしている。合併各行の思惑から、真に統合したシステムを創ることができず、メインコンピュータを入れて各行のシステムをこれに並列に接続して運用する形をとったところに原因がある、と当時言われた。
 今回のシステム障害は、大震災の発生で一部の店舗で取引が急増し、システムの処理能力を超えたため発生したと説明されている。いまだにシステムの設計に弱点を抱えているのか、あるいは処理能力上の危険を予想して担当者が必要な手を打つべきなのに、そうしなかったから障害が発生したのか、門外漢には分からない。

 

▼八年ほど前になるが、ある地方都市で経済団体主催の新年会に出席し、みずほ銀行の支店長と挨拶を交わしたことがある。彼は三銀行の合併の仕事に直接携わっていたらしく、こんな「秘話」を話してくれた。

「…… 一勧(イチカン)、興銀、富士で合併の話し合いが何回も持たれましたが、なぜか会場に4人集まるんですね。三銀行の合併問題なのにいつも4人いるんですよ。変だなと思って調べてみたら、一勧からは第一銀行系と日本勧業銀行系と2人出ていた、ということが分かりましてね……。」

 軽妙な彼の語り口に私は思わず吹き出し、グラスの酒がこぼれないように苦労した記憶がある。
  第一勧業銀行の誕生は1971年である。新銀行誕生から30年経っても組織内部の融合は成功せず、次の合併問題にまで影を落としていたという事実は、第三者にはまったくの笑い話だが、日本の組織マネジメントを考える上で深刻な問題であるはずだ。

 

▼よく言われることだが、日本の組織の特徴は、職員の自発的な意識の高さとトップのリーダーシップの弱さにある。日常業務をミスなく遂行すればよい平時には、日本の組織はその強みをいかんなく発揮するが、組織環境が大きく変化するような危機的状況にあっては、強みが弱みとなり、リーダーシップの弱点が致命的な問題として顕れる。
  銀行の合併時に発生したシステム障害も、30年経っても一つの組織になりきれなかった笑い話も、根はひとつ、トップマネジメントの弱さという問題に帰着するように思われる。



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